
世界の人口増加と新興国の経済成長に伴い、動物性タンパク質の需要急増が予測される「プロテインクライシス」。これは未来の「食料不足」の懸念にとどまらず、企業のサプライチェーンの寸断リスク、気候変動対策、そして国家レベルの安全保障にも関わる構造的課題である。
本稿では、国際機関や各国政府の最新政策、科学的な安全性評価の動向を紐解きながら、未来の事業戦略に必要となる「タンパク質調達の多角化と持続可能性」について詳説する。
地球規模の「タンパク質ギャップ」と環境の限界

かつてFAOは、開発途上国におけるタンパク質栄養失調を解決するための「タンパク質ギャップ」への取り組みを提示した[1]。そして昨今、この課題は地球規模の持続可能性という深刻さを持って再燃している。
世界の人口は継続的に増加しており、中所得層の拡大が食肉消費を押し上げている。しかし従来の畜産業は、温室効果ガス排出、広大な土地の占有、大量の水資源消費など、地球環境に対する負荷を伴うため、現在の生産体制の単純な引き延ばしは困難である。
この事態を受け、FAOは2013年の報告書において、環境負荷が低く栄養価に優れた「昆虫食」をはじめとする代替タンパク源の有効性を提唱し、世界の食料安全保障における重要性を早くから世に示した[2]。
国家戦略としての「タンパク質移行」

持続可能なタンパク質の確保は、今や国家の重要なインフラ政策の一環と位置づけられつつある 。
欧州では、オランダが「国家タンパク質戦略」を策定し、動物性タンパク質と植物性タンパク質の摂取バランスを見直す方針を示すなど、食生活の変革を後押ししている。
日本においても、産官学による多角的なアプローチが始まっている。内閣府は『バイオエコノミー戦略』において、バイオものづくりや代替肉・フードテックを「経済安全保障の強化」と「社会課題解決」を両立する中核分野と位置づけ、その普及ロードマップを推進している[4]。
また、厚生労働省が策定に参画した『第4次食育推進基本計画』では、多様な食の需要への対応や、環境に配慮した「持続可能な食生活」に対する国民の理解醸成を促す方針が示されており、フードテックが普及するための社会的土壌づくりとして位置づけられている[5]。
さらに、農林水産省は『みどりの食料システム戦略』を掲げ、環境負荷低減と、新技術を活用した代替タンパク(植物性食品、昆虫飼料、培養肉など)の国内産業化を後押ししている[6]。
技術革新の安全性と消費者受容の壁

植物由来肉のほか、微生物の力を活用する「精密発酵」や「細胞培養肉」など、フードテックの技術革新は急速に進んでいる 。しかし、これら「新規食品」の急速な普及に対して、事業者側はリスク管理の視座を持つ必要がある。
食品安全委員会では、新規食品の普及に伴うアレルゲン性や加工・製造過程で生じうるリスク評価に関する研究課題が扱われており、ドイツ連邦リスク評価研究所などによる国際的な安全評価の動向も参照しながら、科学的評価の枠組みが検討されている。
また、農林水産省政策研究所などの報告では、代替タンパク質の普及に向けて、消費者の理解や受容性が重要な論点として示されている。
経営層に求められる長期的視座
タンパク質調達の危機は、食品業界だけの問題ではない。安定的かつ倫理的な調達ポートフォリオの構築は、食を基盤とする多くのビジネスと持続可能なESG経営推進を目指す企業にとって、中長期の企業価値に大きな影響を与えうる。
従来の「動物性タンパク質」のみならず、環境・健康・社会の三方に配慮した「タンパク質移行」の視点を自社の長期ビジョンに組み込むことが、次世代のリーダーシップの1つとなりうる。

参考文献
[1] FAO. G. The protein problem in relation to the world food supply.
URL:https://www.fao.org/4/x5568e/x5568e09.htm
確認日:2026年6月23日
[2] FAO. Edible insects: future prospects for food and feed security.
URL:https://www.fao.org/3/i3253e/i3253e.pdf
確認日:2026年6月23日
[3] 農林水産省. 持続的食料システムの構築に関する国際比較.
URL:https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/project/attach/pdf/250331_r06cr12.pdf
確認日:2026年6月23日
[4] 内閣府. バイオエコノミー戦略.
URL:https://www8.cao.go.jp/cstp/bio/index.html
確認日:2026年6月23日
[5] 厚生労働省. 第4次食育推進基本計画.
URL:https://www.mhlw.go.jp/content/000770380.pdf
確認日:2026年6月23日
[6] 農林水産省. みどりの食料システム戦略.
URL:https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/team1.html
確認日:2026年6月23日
[7] 食品安全委員会. 食品健康影響評価技術研究課題一覧.
URL:https://www.fsc.go.jp/chousa/kenkyu/kenkyu_ichiran.html
確認日:2026年6月23日
[8] 食品安全委員会. ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)、従来の食品や飼料を補完する、昆虫以外の代替タンパク質源に関する国際会議の情報を公表.
URL:https://www.fsc.go.jp/fsciis/foodSafetyMaterial/show/syu06400580314
確認日:2026年6月23日