
ペプチド創薬は、低分子と抗体医薬品の利点を併せ持つ「中分子医薬品」として注目されている。その背景として近年、ITやAI(人工知能)を活用したペプチドの設計や、物理的特性を活かした研究が進展している。
ペプチド創薬とは|定義・基本

ペプチド創薬は、アミノ酸が数個から数十個結合した「ペプチド」を有効成分とする医薬品開発である[6]。低分子医薬品と抗体医薬品の中間に位置し、製造面や標的特異性の面でそれぞれの利点を取り入れられる可能性があるため、 次世代の医薬品として期待される[7]。
この開発に向けて、現在まで多くの技術的なアプローチが進められてきた。
代表的なものとしてAIを活用した設計技術がある。 標的タンパク質を制御するペプチドのデザイン(設計)や、標的に対する物質の物性・毒性を予測するAI技術の研究開発が進められている[1]。
他にも特殊ペプチドの活用が挙げられる。アミノ酸が環状に結合した「環状ペプチド」などの特殊ペプチドが活用されている。構造が強固になり3次元の形状を保ちやすくなるため、標的タンパク質への結合能力が高まる特性を持つ[2]。
なぜ重要か、注目されているか

ペプチド創薬は、細胞内の「PPI(タンパク質間相互作用:タンパク質同士の結合による生体反応)」を標的にすることができる。PPIの阻害は低分子化合物では難しい場合があり、抗体は一般に細胞内標的への到達が課題となる。
中分子であるペプチドは、PPIを標的にする手段として期待されている。 2019年には、化合物データベースとAIを組み合わせた「PPI-AI創薬手法」の研究が開始されている[3]。
さらに開発期間の短縮化も期待されている。従来の低分子創薬では、試行錯誤的な化学合成と実験の繰り返しが必要であった。しかし、ペプチド創薬に計算科学技術(IT技術)を導入し、スクリーニング(候補物質の絞り込み)工程を自動化することで、開発時間の大幅な短縮が期待されている[4]。
ペプチド創薬の課題|膜透過性

ペプチド創薬の最大の課題は、「膜透過性(薬が細胞の膜を通り抜ける性質)」である。
標的タンパク質に強く結合するペプチドであっても、細胞内に入るための膜透過性が低い場合、期待される機能を発揮しにくい。これまで、特殊ペプチドは膜透過性に関するデータが不足しており、AIを用いた精度の高い予測が困難であった[5]。
この課題に対し、現在では大学・研究機関等において、環状ペプチドの膜透過性に関するデータベースの公開が進められている。質の高い実験データを蓄積することで、AIによる膜透過性の予測研究を加速させる取り組みが始まっている[5]。
まとめ
ペプチド創薬は、細胞内のPPIを標的にできる中分子医薬品の開発手法である。計算科学・AIを活用したペプチド設計技術や、環状ペプチドなどの特殊ペプチドの利用により、開発期間の短縮と新規ターゲットの開拓が期待される。
一方で、実用化の最大の障壁は細胞膜透過性の確保であり、AI予測の精度向上に必要なデータの蓄積が課題となっている。
ディープテック領域(:特定の自然科学分野での研究を通じて得られた科学的な発見に基づく技術の領域[8])の投資や提携においては、情報科学(AIや計算科学)の予測技術だけでなく、膜透過性に関する実証データ(実験結果)をいかに取得・活用できる体制があるかが、事業の実現可能性を測る重要な評価軸となる。

参考文献
[1] 科学技術振興機構(JST) ACT-X 研究終了報告書. タンパク質を制御するペプチドのデザインAI.
URL:https://www.jst.go.jp/kisoken/act-x/evaluation/s-houkoku/2023/JST_111F003_20348809_2023_Ohue_PER.pdf
確認日:2026年6月17日
[2] 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO). 創薬に新たな道を拓いたペプチド探索システム.
URL:https://webmagazine.nedo.go.jp/practical-realization/articles/201804peptide/
確認日:2026年6月17日
[3] 慶應義塾大学 / 日本医療研究開発機構(AMED). 生命機能物理学講座 AMED創薬インフォマティクスプロジェクト.
URL:http://square.umin.ac.jp/keio-skb/amed_dlip.html
確認日:2026年6月17日
[4] 文部科学省 / 東京工業大学. 地域イノベーション・エコシステム形成プログラム「革新的な中分子創薬フローの事業化」.
URL:https://www.midl.titech.ac.jp/old/sites/default/files/inline-files/seika.pdf
確認日:2026年6月17日
[5] 東京工業大学(現:東京科学大学). 環状ペプチドの膜透過性データベースを公開 - ペプチド創薬の最大の課題解決に向けたAI研究の加速に期待.
URL:https://www.titech.ac.jp/news/2023/066663
確認日:2026年6月17日
[6]ペプチドリーム株式会社.ペプチド創薬の進化
URL:https://www.peptidream.com/science/evolution/
確認日:2026年6月17日
[7]筑波大学.大規模シミュレーションとAIで拓くペプチド創薬の道
URL:https://www.ccs.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/sites/14/2024/08/20241007_akiyama.pdf
確認日:2026年6月17日
[8]経済産業省.ディープテック・スタートアップ支援事業について
URL:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/kenkyu_innovation/pdf/026_05_00.pdf
確認日:2026年6月17日