
クワシオルコルを知る意味
たんぱく質は「筋肉だけ」の栄養素ではありません
クワシオルコルとは、重度の栄養不良の一つです。一般には、食事中のたんぱく質が大きく不足したときに起こる栄養不良として知られています。ただし、現代の医学では、たんぱく質不足だけでなく、エネルギー不足、微量栄養素の不足、感染症、衛生環境、貧困などが関わる複合的な状態として理解されています。
この病気を知る意味は、「怖い病気を心配しましょう」ということではありません。むしろ、たんぱく質が体にとってどれほど基本的な栄養素かを理解する入口になります。たんぱく質は筋肉だけでなく、臓器、皮膚、毛髪、ホルモン、酵素、抗体などにも関わる重要な栄養素です。
「食べているのに不足する」ことがある

クワシオルコルの特徴は、単純に「食べ物がまったくない」状態だけで説明できない点です。カロリーはある程度とれていても、たんぱく質や必要な栄養素が不足すると、体の維持が難しくなることがあります。NCBI Bookshelfでは、クワシオルコルを、十分またはほぼ十分なエネルギー摂取がある一方で、重度の食事性たんぱく質不足を主な特徴とする栄養不良として説明しています。
たとえば、主食に偏った食事が続くと、エネルギーは入っていても、体をつくる材料が足りなくなることがあります。これは、現代の日本でクワシオルコルが身近に多いという意味ではありません。日常生活では、極端な欠乏症そのものよりも、「食事全体のバランスを見る」ことが大切です。
言葉の由来と歴史

「クワシオルコル」という言葉は、ガーナで話されるガ語に由来するとされています。意味はおおまかに「新しい赤ちゃんが来たときに、上の子がかかる病気」という趣旨です。下の子が生まれたことで、それまで母乳を飲んでいた上の子が母乳を譲ることになり、離乳を余儀なくされます。その結果、上の子が低たんぱく・高炭水化物の食事(主食に偏った食事など)へ移行せざるを得なくなり、重度の栄養不良に陥ってしまうという状況と関係づけて説明されています。
医学史では、C. D. Williamsによる「トウモロコシ食に関連する小児の栄養疾患」に関する1933年の報告が重要な文献として扱われています。PubMedにも、この歴史的論文の再掲情報が収載されています。
この歴史から見えてくるのは、「食べている量」だけでは栄養状態を判断できないという点です。体に必要な栄養素がそろっているか。体が使いやすい形で入っているか。そこまで見ることが、栄養学の大切な考え方です。
栄養学・医療ではどう整理されるか

クワシオルコルは「栄養性浮腫」を伴う重度急性栄養不良として扱われます
WHOは、6〜59か月の子どもの重度急性栄養不良について、身長に対する体重が非常に低い状態、両側性圧痕性浮腫、上腕周囲長が非常に低い状態などを基準として説明しています。浮腫とは、体の組織に水分がたまって腫れる状態です。WHOは、両足や足首の浮腫、下腿・手・前腕まで及ぶ浮腫、顔を含む全身性の浮腫など、程度による分類も示しています。
クワシオルコルでは、むくみが目立つことがあります。MedlinePlusでは、症状として、むくみ、腹部の張り、筋肉量の減少、下痢、疲労、皮膚や髪の変化、成長不良などを挙げています。これらは自己判断で診断するものではなく、疑わしい場合は医療機関での評価が必要です。
マラスムスとの違い
重度の栄養不良には、クワシオルコルのほかに「マラスムス」という状態があります。マラスムスは、全体的なエネルギー不足によって、脂肪や筋肉が大きく減る状態として説明されます。一方、クワシオルコルでは、両側性の浮腫があり、見た目にはやせが目立ちにくいことがあります。
ここで重要なのは、「体重があるから栄養状態がよい」とは限らないことです。浮腫があると、体の中では筋肉やたんぱく質が不足していても、体重だけでは見えにくくなる場合があります。
体をつくり、体を調整する材料です

たんぱく質は、炭水化物、脂質とともにエネルギーを産生する栄養素の一つです。また、筋肉、臓器、皮膚、毛髪などを構成します。さらに、ホルモン、酵素、抗体など、体の調整や防御に関わる成分の材料にもなります。
たんぱく質は、アミノ酸という小さな単位がつながってできています。国立長寿医療研究センターは、「良質なたんぱく質」を、アミノ酸がバランスよく含まれているたんぱく質として説明しています。肉類、魚介類、牛乳・乳製品、卵類、大豆・大豆製品などは、良質なたんぱく質を含む食品として挙げられています。
日本人の食事摂取基準で見るたんぱく質の目安
日本では、厚生労働省が「日本人の食事摂取基準」を公表しています。2025年版は、令和7年度から令和11年度までの5年間を使用期間としています。
2025年版のたんぱく質の食事摂取基準では、18〜64歳の男性の推奨量は1日65g、18〜64歳の女性の推奨量は1日50gと示されています。また、目標量は年齢によって異なりますが、成人ではおおむね総エネルギーの13〜20%、50〜64歳では14〜20%、65歳以上では15〜20%が示されています。
ただし、これは健康な人の食生活を考えるための基準です。病気の治療、腎臓病などでのたんぱく質制限、医療上の栄養管理とは分けて考える必要があります。
日常の食事に置き換えて考える

主食だけで済ませる食事が続く場合
朝はおにぎりとコーヒーだけ。昼はうどんやパンだけ。夜も軽く済ませる。このような食事が続くと、エネルギーはある程度とれても、たんぱく質源が不足しやすくなります。日常では、卵、魚、肉、大豆製品、乳製品などを、無理のない形で組み合わせることが大切です。たとえば、主食に卵や納豆、豆腐、ヨーグルト、魚料理などを足すと、たんぱく質を含む食品を取り入れやすくなります。これは病気の治療ではなく、健康的な食生活を考えるうえでの一般的な工夫です。
たんぱく質だけに注目しすぎる場合
たんぱく質は大切ですが、たんぱく質だけを多くとればよいわけではありません。クワシオルコルも、かつてはたんぱく質不足が中心に考えられてきましたが、現在では、微量栄養素、酸化ストレス、腸内環境、環境要因なども関わる複合的な状態と考えられています。そのため、日常の食事では、たんぱく質に加えて、主食、野菜、海藻、きのこ、果物、油脂なども含めて、食事全体を整える視点が必要です。プロテイン商品を使う場合も、通常の食品や健康食品の範囲で考え、病気の治療や改善を目的に自己判断で使うものではありません。
むくみを見つけたときの考え方
むくみは、栄養不良以外にもさまざまな原因で起こります。クワシオルコルでは浮腫が特徴の一つですが、むくみがあるからといって、すぐにクワシオルコルと判断することはできません。MedlinePlusは、クワシオルコルの症状としてむくみや腹部の張り、筋肉量の低下、皮膚・髪の変化などを挙げていますが、診断には医療的な評価が必要です。特に、子どもの成長不良、強いむくみ、食事量の著しい低下、下痢が続く、ぐったりしているなどの様子がある場合は、家庭で食事だけで対応しようとせず、医療機関に相談することが大切です。重度の栄養不良では、急に高カロリーの食事を始めることが問題になる場合もあり、MedlinePlusでも食事再開はゆっくり行う必要があると説明されています。
まとめ
たんぱく質は、食事全体の中で考える栄養素です
クワシオルコルは、極端なたんぱく質不足を考えるうえで重要な歴史的・栄養学的な事例です。ただし、現代の理解では、たんぱく質だけで説明できる単純な状態ではありません。エネルギー、微量栄養素、感染、衛生環境、社会的要因などが関わる重度の栄養不良として扱われます。
日常生活で大切なのは、クワシオルコルを過度に心配することではありません。たんぱく質が、筋肉だけでなく、臓器、皮膚、毛髪、ホルモン、酵素、抗体などにも関わる基本的な栄養素であると理解することです。
たんぱく質を意識するときは、量だけでなく、食品の種類、アミノ酸のバランス、食事全体の組み合わせを見ていきましょう。不安がある場合や、持病がある場合、子どもや高齢者の食事量が大きく落ちている場合は、医師や管理栄養士などの専門家に相談することが安全です。

参考文献
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MedlinePlus Medical Encyclopedia 「Kwashiorkor」 https://medlineplus.gov/ency/article/001604.htm
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WHO eLENA「Management of severe acute malnutrition in children 6–59 months of age with oedema」 https://www.who.int/tools/elena/interventions/oedema-sam
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WHO 「WHO guideline on the prevention and management of wasting and nutritional oedema in infants and children under 5 years」 https://www.who.int/publications/i/item/9789240082830
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NCBI Bookshelf / StatPearls 「Severe Acute Malnutrition: Recognition and Management of Marasmus and Kwashiorkor」 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK559224/
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厚生労働省 e-ヘルスネット「たんぱく質」 https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/food/ye-044.html
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厚生労働省 「日本人の食事摂取基準」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html
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厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2025年版)たんぱく質」PDF https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001316462.pdf
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国立長寿医療研究センター 「良質なたんぱく質とは?」 https://www.ncgg.go.jp/ri/advice/09.html
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PubMed 「Fifty years ago. Archives of Diseases in Childhood 1933. A nutritional disease of childhood associated with a maize diet」 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6347092/
(最終確認日:2026/6/8)