
「○○からしか摂取できない栄養がある」
SNSを見ていると、ときどきこんな言葉を目にします。
「ラーメンからしか摂取できない栄養がある」
「推しからしか摂取できない栄養がある」
「この作品からしか摂取できない栄養がある」
もちろん、ここでいう「栄養」は本来の栄養学とはほとんど関係ありません。
「これでしか得られない満足感がある」「自分にとって欠かせない」といった意味で使われるネットミームで、pixiv百科事典にも「○○からしか摂取できない栄養がある」という項目が作られています。
しかし、この言葉を見ていると一つ気になることがあります。本当に「○○からしか摂取できない栄養」は存在するのでしょうか。
まず「栄養素」と「食品に含まれる成分」を分けて考える

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、たんぱく質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルなどについて、健康を維持するために参考となる摂取量が設定されています。
ここで重要なのは、「この食品を何グラム食べなければならない」という基準ではなく、「この栄養素をどの程度摂取するか」という考え方になっていることです。
一般的な栄養素の多くには複数の供給源があります。
そのため、「この一つの食品を食べなければ、その栄養素をまったく摂取できない」というケースは、少なくとも通常の栄養学の範囲では考えにくくなります。
ただし、食品を構成しているのは、栄養成分表示に載るような栄養素だけではありません。
植物が作る色素や辛味成分、フェノール性化合物などまで対象を広げると、話は変わってきます。
本当に「その食品にしかない成分」はあるのか?
ここからが本題です。
食品に含まれるさまざまな化学成分まで対象を広げてみると、分布がかなり限定されている成分が見つかります。
その代表的な例が、オーツ麦のアベナンスラミドです。
かなり「オーツからしか摂れない」に近いアベナンスラミド

オートミールなどの原料となるオーツ麦には、アベナンスラミド(Avenanthramides)と呼ばれるフェノール性化合物があります。
この成分については、今回調べた中でも比較的強い表現が公的研究機関から出ています。
米国農務省のAgricultural Research Service(USDA-ARS)は、アベナンスラミドについて、「食品作物の中ではオーツに特有の成分」と説明しています。
つまり、少なくとも私たちが食用にする作物という範囲では、「オーツにしかない成分」のかなり有力な例と考えられます。
ネットミーム風に言えば、「オーツからしか摂取できない成分がある」は、条件をきちんと付ければ、あながち冗談とも言い切れません。
ただし「地球上でオーツにしかない」とまでは言わない
ここは非常に重要です。
同じUSDAの資料には、アベナンスラミドについて、オーツで作られるほか、カーネーションにも存在する可能性があるという記述があります。
そのため、「アベナンスラミドは自然界でオーツにしか存在しない」とまで断定するのは適切ではなさそうです。
一方で、「食品作物の中ではオーツに特有とUSDAが説明している」というところまでは、公的資料に基づいて言うことができます。
この違いは、「○○からしか摂れない」という話をするときに非常に重要です。
科学では、新しい植物や微生物から同じ成分が発見される可能性があります。
「これまで他から確認されていない」と「世界中のどこにも存在しない」は、同じ意味ではありません。
ビーツの「ベタレイン」も珍しい。しかし、ビーツだけではない

もう一つ面白い例が、ビーツの鮮やかな赤紫色などに関係するベタレインです。
一見すると、「ビーツにしかない特殊な色素」と思ってしまいますが、これは少し違います。
米国国立医学図書館(NLM)が管理する医学用語データベースMeSHでは、ベタレインについて、ナデシコ目(Caryophyllales)の植物と、一部の担子菌類に存在すると整理されています。
実際、ベタレインはビーツ以外にも、ドラゴンフルーツや一部のサボテン類など、同じナデシコ目に属する食用植物から摂取できます。
ただし、植物全体に広く存在する色素ではありません。
したがって、「ビーツだけではないが、かなり限られた生物群からしか摂取できない成分がある」と考えるのが適切でしょう。
唐辛子のカプサイシンはどうなのか?

「特定の食品らしい成分」として思いつきやすいのが、唐辛子のカプサイシンです。
米国国立医学図書館のMeSHでは、カプサイシンをCapsicum属に含まれるアルキルアミドと定義しています。
Capsicum属には唐辛子やハラペーニョ、ハバネロ、ピーマン、パプリカなどが含まれます。
そのため、「唐辛子の仲間を特徴づける成分」として扱うことはできます。
一方、今回確認した範囲だけから、「自然界でCapsicum属以外には絶対に存在しない」とまで断定することは避けた方がよさそうです。
「その食品に特徴的」と「その食品にしか存在しない」は、似ているようでかなり違います。
「その食品にしかない成分」と「その食品を食べる必要がある」は別の話
仮にある成分が特定の食品にしか含まれていなかったとしても、「だから、その食品を食べなければ健康を維持できない」とは限りません。
アベナンスラミドはオーツに非常に特徴的ですが、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」に、アベナンスラミドの必要量が設定されているわけではありません。
つまり、「特定の食品にしかない成分であること」と「人間にとって必須の栄養素であること」は別の問題です。
また、ある食品成分について細胞や動物などを使った研究で何らかの作用が報告されていたとしても、それだけで「その食品を食べれば人の病気を予防できる」とは判断できません。
人が日常的に食品として摂取した場合にどのような影響があるのかは、人を対象とした研究も含め、別に検証する必要があります。
そのため今回の記事では、健康効果について大きく踏み込むのではなく、まず「その成分がどの食品・生物に存在することが確認されているか」に焦点を当てています。
結局、「○○からしか摂取できない栄養がある」は本当なのか?

今回、公的機関の資料を中心に確認した結果、答えは少し複雑です。
厳密な意味での「栄養素」について、特定の一食品だけを唯一の供給源とする、と公的な栄養基準が位置づけている例は、少なくとも今回確認した範囲では見当たりませんでした。
一方で「栄養」を広い意味で食品に含まれる成分まで広げれば、話は変わります。
中でもアベナンスラミドについて、USDAは「食品作物の中ではオーツに特有」としています。
つまり、「○○からしか摂取できない“成分”がある」というところまでなら、かなり現実に近いケースがあります。
ただし、「食品作物の中ではオーツに特有」と、「地球上でオーツ以外には絶対に存在しない」は違います。
科学的に考えるなら、この条件の違いを省略しないことが大切です。
ネットミーム、意外と食品科学の面白いところを突いている
「○○からしか摂取できない栄養がある」
もともとは、推しや作品、好きな食べ物などに対して、「これでなければ満たせない何かがある」ことを表現したネットミームです。
栄養学としてそのまま受け取れば、もちろん正確とは言えません。
しかし、食品科学の視点から考えてみると、少し面白い見方もできます。
私たちは普段、
「たんぱく質20g」
「鉄3mg」
「ビタミンC 50mg」
といった栄養成分で食品を比較します。
しかし食品には、それだけでは表せない多くの化学成分が含まれています。
そして中には、アベナンスラミドのように特定の食品作物に特徴的な成分もあります。
「この食べ物からしか摂れない栄養がある」は科学的には少し大げさでも、「この食べ物だからこそ摂れる成分がある」なら、場合によってはかなり科学的な話になってくるのです。
ネットミームから始まった疑問ですが、調べてみると、食品は栄養成分表示に書かれている数字だけでは語り切れないことが分かります。
参考文献
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」
U.S. Department of Agriculture, Agricultural Research Service, Wise ML. “Effect of chemical systemic acquired resistance elicitors on avenanthramide biosynthesis in oat (Avena sativa).”
U.S. Department of Agriculture, Agricultural Research Service, Wise ML. “Avenanthramides: chemistry and biosynthesis.” 2014.
U.S. National Library of Medicine, Medical Subject Headings(MeSH), “Betalains.”
U.S. National Library of Medicine, Medical Subject Headings(MeSH), “Capsaicin.”
pixiv百科事典「○○からしか摂取できない栄養がある」